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みなさん、このHPにおいで頂き、誠にありがとうございます。手話ライブバンド「こころおと」代表の武井と申します。ここでは簡単に手話ライブ「DEAF」の説明と「こころおと」結成の経緯を説明したいと思います。
こころおとのスタートは1999年10月31日のライブから始まりました。なぜ、手話でライブをやろうと思い立ったのか、それは1999年の春にさかのぼります。その頃の僕は帝京大学の手話サークルcom&comの部長として活動しておりまして、おかげでたくさんのろう者の友人を持つことが出来ました。ある日、その友人と飲む機会がありまして、なにも考えずに自分が行ったライブの楽しさを話していた所、「ライブとかって凄い楽しいもんなの?でも音楽聞こえないんじゃ無理かなぁ…」と言われました。
これは本当にショックでした。自分が普段、何気ないものとして接している「音楽」、しかし耳が聞こえない人、いわゆる聴覚障害者の人達にとっては「音楽」で感動したり楽しくなったり、そういう熱気やグルーヴ感を味わうこと自体全く想像が出来ないことなのです。これを聞いた時におぼろげながら自分の中で手話を使ったライブを行おうと言う企画が浮かびました。
しかし、この企画を聴覚障害者の「ため」という形では進めたくありませんでした。その時までに何度か、手話ライブ、手話コーラスと言うものを見てきたのですが、聴覚障害者向けということで、「手話」や「福祉」というイメージを主体に行っている人達が多く、分かりやすい手話、伝えやすいメッセージ、そのようなことを考えていくと音楽のジャンルが限られ、ろう者にとっていつも同じ曲を聞かされる、というパターンが多かったようです。でも自分としてはライブをやるからには自分自身が楽しめない、手話を知らないと楽しめない、音楽が聞こえないと楽しめない、これでは本当のライブではないのではないか?と思いました。
そこで私達は音楽のジャンルにとらわれず、色んなジャンルの曲を耳の障害に関わらず一緒に楽しめるライブを、と考えました。とはいえ大きな障害や不安もありました。僕自身は全く楽器が演奏できません。しかし、テープで音楽を流すということは、生演奏のライブの良さを体験してもらうには絶対避けたいと思っていました。そこで同じ大学の軽音楽部等から有志を募って、バンド結成しました。また、選曲に関してもテンポが速いと手話が読み取りにくいのではないか?歌いながら同時に手話表現が出来るのか?また手話にしても「日本手話」「日本語対応手話」と大きく分けて二つあり、これをどう取捨選択すればよいか悩みました。
そんな不安の中で1999年10月31日についに手話ライブ「DEAF」が行われました。様々な方から大きな反響を頂き、大変な好評を得ることが出来ました。さらに日本で初めてラップを手話で表現をしたということで、音楽関係者の方々からも大きな関心が寄せられました。そしてなによりも聴覚障害者の方々がこんなにも音楽を求めていると言う熱い気持ちに触れることが出来ました。
自分としては学生の間に出来る無謀な企画と考えていたのですが、たくさんの反響を前に1回で終わらせる企画ではないと考え、もう一度学生の内にこのライブを行おうと考えました。そして2000年11月5日に「DEAF2」を行ないました「DEAF」に比べて、曲も時間も3倍以上と言う大きなイベントになりましたが、大変多くの方々にご来場頂き、好評を得ることが出来ました。そして、具体的な反響が多く寄せられる様になりました。「定期的に開催して欲しい」「色んなジャンルの音楽を聴いてみたい」「もっと色んな場所で開催をしてはどうか?」自分としても内容の全てに満足した訳ではありませんし、もっともっとたくさんの方々に聞いて欲しい!「音楽」に接してほしいと考え、今までは漠然とした集まりだったライブのメンバーを「こころおと」として正式にバンドを結成して音楽活動を続けていくことになりました。
それ以来様々なところでライブをさせて頂き、多くの方々に音楽を楽しんで頂いております。特にバリアフリーということは意識せず、色んな人達と音楽を楽しんでもらいたいとの思いで活動をしています。おかげ様で手話ライブにも関わらず、耳だけではなく様々な障害者の方が集って音楽を楽しむ場になりつつあります。
私達は「音楽」の様々なジャンルを様々なスタイルでみなさんに楽しんで欲しいと考えております。そしてなによりも「音楽」は耳やその他の障害に関係なく楽しめるということを一人でも多くのみなさんに伝えたいと思っています。是非、こころおとのライブを楽しんでください! |

「こころおと」代表 武井 誠 |
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